付中通信第11号 感動の9月

2018.9.15  高水高等学校付属中学校長 宮本 剛

9月は楽しい。なぜなら感動のシーンにたくさん出会えるからだ。運動会然り。楽学祭然り。

しかし、生徒らは大変だ。感動には苦労がつきものだから。でもその苦労も感動がすべてかけがえのない思い出に変えてくれるから、本当は苦労なんてものも楽しさの中の一コマに過ぎなくなる。そして苦労が大きければ大きいほど感動が大きいことを体験させることが、われわれ教師の一番大切な役割である。

以下、「楽学祭」パンフの中校長挨拶文からの引用です。

”Tenth anniversary.”

楽学祭開催おめでとうございます。

今年は記念すべき10回目の楽学祭となります。

10年ひと昔、と言います。ですが、私にとって10年前にこの楽学祭を立ち上げた生徒諸君の情熱と覚悟は、今もそしてこれからも絶対に忘れることができない記憶の一つです。平成21年第1回楽学祭実行委員長の神尾 徹くんが、学校HPに掲げた文章を抜粋します。

―僕たち文化祭実行委員会は、今年の2月から活動を始めました。実際に生徒の前に出たのは6月のことでしたが、それまでの4か月間どうやって文化祭を形づくっていくか模索を続けていました。一から文化祭を変える、ということは思っていたよりずっと難しく手探りの状態で進めていかなければなりません。(中略)ですがみんなが文化祭をよくしたい、という固い意志のもとで日々精力的に活動を行っています。僕は文化祭の成功しだいで、これからの学校生活も大きく変わっていくと思います。だから生徒一人一人が自主性を持ち、大勢の人に拍手を受ける経験が持てるような文化祭を作っていきたいです。―

最後に末川 博先生の言葉を紹介します・・・『理想・志・夢が未来を拓(ひら)く』と。

付中通信第10号 科学の甲子園ジュニア

2018.9.1   高水高等学校付属中学校長 宮本 剛

中学1、2年生を対象とした第6回「科学の甲子園ジュニア」山口県大会が、8月25日、山口市秋穂の県セミナーパークで開催され、本校チームが準優勝となり、昨年度(優勝)に引き続き、今年度も全国大会への切符を手にしました。

大会は1チーム3名で戦うもので、知識や技術だけでなく仲間同士のチームワークも試されます。今年は県内14校から75人、計21チームが出場し、日頃の科学教育の成果を競いました。

本校からは2年生2チーム、1年1チームが出場し、2年生チームがみごと2位に輝きました。1年生チームも総合で13位と健闘を見せました。

優勝を飾った2年生の池本佳希さん、河村慎太郎さん、村上翼紗さんの3名は、12月7日からつくば市で開催される全国大会に、今回優勝の周陽中チーム3人と新たに6人のチームを結成し、出場することになりました。

実は、昨年度は池本くん率いる1年生チームが、1年生ながら初優勝を本校にもたらし、大評判となりましたが、まぐれとの悪評もあって、校長としてはなんとしても入賞して欲しかったのです。

昨年度の池本くんの「筆記でも実技でもうまく協力できた」との言葉が、今もしっかり記憶に残っています。仲間づくりの一つの成果として、本校教員にとっての最高の誉め言葉でした。

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付中通信第9号 地域が子どもを育てる

2018.8.15  高水高等学校付属中学校長 宮本 剛

前回に引き続き、新学習指導要領がらみの話題です。

「アクティブ・ラーニング」型授業、文科省の言う「主体的・対話的で深い学び」=学び方改革に教育界では注目が集まっていますが、もう一つの大きな変化は、「社会に開かれた教育課程」という理念です。「よりよい学校教育を通じてよりより社会を創る」という目標を学校と社会が共有し、両者が連携・協働して子どもたちに必要な資質・能力を育むことを意味しています。

そんなことを、今さら大げさに、と思われるかもしれませんが、学校社会は、理念としてわざわざ掲げなくてはならないくらい、社会に開かれていない社会なのかもしれません。ちなみに山口県の小中学校のコミュニティースクールの加入率はなんと100%に達し、地域と学校が協働して子どもたちを育てていこうというこの県の取り組みが全国的に有名なことはご存じですか。

私は自分自身が居住する地域社会で、もうかれこれ15年間にわたって「地域が子どもを育てる」というコンセプトの下、仲間と一緒に地域の小中学校を地域の活性化を推進する軸において活動してきました。小学生をこの活動(わかりやすく言うと村おこし、かな)に引き込むと、その保護者にも参加してもらえるし、さらにその上の世代のおじいちゃんおばあちゃんにも声をかけやすくなります。ここでは学校が地域を求めるのではなく、地域が学校を求めるという方向で私たちは多くの仲間を得てきました。

ちょっとわかりにくいかもしれませんが、「地域で子どもを育てる」のではありません。「地域が」というところに、実は地域でないと子どもは育てられないというメッセージがありました。文科省もまだこの点には気づいていないでしょうね。

もちろん、私のことですから、本校からは高校生を中心にずっとこの活動にいざなってきました。地域の人々と高校生が交流し一緒に活動する、そんな取り組みを先輩から後輩へと受け継がせる、それが私の15年間にわたるチャレンジとなっていました。

付中通信第8号 共通テストの闇

2018.7.30  高水高等学校付属中学校長 宮本 剛

学校現場、特に高校課程においては、2020年度から始まる新しい入試に対応することと「アクティブ・ラーニング」型授業がどのように結びつくのか、理解できている教員はほとんどいないと思う。なぜなら、文科省の言う「主体的・対話的で深い学び」によって学び方を変えていきたいという意図はわかるものの、その成果がどのように試されるのか、想像が及ばないからである。だから実際の「大学入学共通テスト」の出題を見てから、「アクティブ・ラーニング」型授業の内容や形式を検討すべきだという意見は依然根強い。つまり今はまだ様子見で、本格的に研究にとりかかるのは早計だという考え方である。現場はかくのごとく混乱している。

学習指導要領は10年ごとに改訂され、これまでにも新しい考え方や活動が導入されるたび、教育課程を見直したり土曜日が休みになったり、いろいろな変化が起こってきたけれど、この度の混乱はレベルが違う、まさに明治以降最大の変革と言ってよい。第2次世界大戦後に日本では墨塗り教科書が使用されたが、あの時は学ぶ内容の改革であったのに対し、この度はそれと同じ規模で学び方の改革が進んでいると思えばよいだろう。

そこで私は考えるのだが、そもそも「大学入学共通テスト」のような、答えが1つに集約される形式のテストでは、結局のところ学び方改革の成果を直接図ることは難しいという結論である。つまり「共通テスト」という選抜の形式では、「主体的・対話的で深い学び」という生徒が身につけた学びの態度を測ることは困難だということである。

そうなると、大学入学選抜において考えられる作戦は1つしかない。知識量や応用力を測る「共通テスト」のウエイトは限りなく少なくして、面接や小論文、ディベート、プレゼン、活動履歴等「主体的・対話的で深い学び」によって身につけたスキルを測ることに比重を置いた選抜に変えていくしかない。

つまり、「大学入学共通テスト」をあまり意識しすぎると、当局の比重のかけ方によっては足元をすくわれ兼ねないということだ。

付中通信第7号 楽学フェスタ

2018.7.15  高水高等学校付属中学校長 宮本 剛

「オープンスクール」という名称で本校が校内活動の様子を初めて小学生や保護者に公開したのは、平成19年度のことだった。奇しくも、その年から数えて11年目にあたる今年、昨年までのオープンスクールの内容を一新、「楽学フェスタ」として開催することになった。

今年の「楽学フェスタ2017」は、「家族で感じる高水体験」をコンセプトに、参加対象を小1から小6までに拡大した。「保護者」、「5・6年生」、「4年生以下」の3つのパートに分け、それぞれのパートに最適な体験コーナーを設ける、いわゆる複線型のプログラム構成によって、家族全員が楽しく学べるように工夫を凝らした。

6・7・8月に1回ずつ計3回を計画した。各回100名以上の参加者を集めることを目標に、考えられる限りの広報活動も行ってきた。その努力の甲斐あってか、6月の第1回は120名近い参加があり、とりあえず目標を突破できた。

明日は、第2回。第1回と異なり、参加者には在校生の授業に参加してもらう趣向だ。5教科それぞれ学年の枠を取り払った形式で授業を実施する。そこに小学生が入ってくるわけであるから、校長としてもなかなか興味深い展開になりそうで、大注目である。

明日の申込人数も、予想をはるかに上回り150名に達する勢いだ。この勢いは、実は教師たちの頑張りによるだけのものではない。つまり在校生たちがフェスタを引っ張ってくれているのだ。11回目にして、私は初めて在校生と一体化した取り組みになったと感激している。

たぶん、あれは愛校心というものに相違ない。

 

付中通信第6号 コミュニケーション能力

2018.6.30  高水高等学校付属中学校長 宮本 剛

人は一人では生きてはゆけない。人は社会を前提に生活を営むことができる。だから人は心を閉ざしたままでは生きてはゆけない。ただ、心を閉ざしがちの人や言葉少なの人を軽んじたり見くびったりしてはいけない。この世にはいろいろな人がいて、私たちには未知なるコミュニケーションの方法を使い、特殊な環境の人々と交流できる人も中にはいるかもしれない。また、民族や習俗や宗教が異なれば、人に説明不可能な理由によってコミュニケーションそのものが禁忌として扱われ、懲罰の対象になることさえある。私たちは、コミュニケーションひとつとってもそのくらい幅のある多様性社会を生きている。

しかし、そういう社会の中で、私たちはコミュニケーション能力の必要性をことあるごとに説いている。いかなる職業に就くにしても、もっとも要求される能力がコミュニケーション能力だと言われている。もちろん、学校教育の中でもこのコミュニケーション能力の育成をとみに意識して、グループ活動を活発化させたり、人前で発表させたり、様々なシーンで会話と交流の機会をたくさんつくり出そうと努力している。

ではいったいどういう状態が或いはどういう人が、コミュニケーション能力が高いと言えるのだろうか。その疑問について考える時、すぐに思い出すのが、5年前に開催されたユネスコ子どもキャンプin岩国での高校生スタッフの大活躍である。全国から集まった110名以上の子どもたちを、同じく全国から集まった60名に及ぶ青年たちが指導する。核となった岩国ユネスコ協会の青年部は、3泊4日の一生忘れられない体験をと、1年がかりでプログラムを準備し、練習を積んだ。そのプログラム進行役に本校の高校2年生が抜擢され、大人もむずかしい大役に挑戦した。

まずは度胸が必要だ。子どもたちを前に手本を示さねばならない。そしてわかりやすく、大きな声で説明ができなければならない。さらにお互いに、或いは他の係りの者たちと上手く情報交換ができなくてはならない。でもいちばん大事なことは、心を閉ざしがちな子どもたちとも一緒にキャンプをつくれる能力だ。

それは、結局、話し方や内容の問題ではなくて、こちらから相手に向かって話しかける力、アプローチの問題だ。畢竟、コミュニケーション能力とは相手から言葉を引き出す能力の謂いだ。

付中通信第5号 付中入試

2018.6.15 高水高等学校付属中学校長 宮本 剛

付中入試について、今年度の初めから校内委員会を中心に活発な議論を戦わせている。その議論の中で、私たちがいちばん悩むのは、入試改革は結局私たちがどんな学校を作りたいのかという問題提起となってしまうということだ。入試はここで学んでほしい生徒を選ぶ取り組みなのだから、当然ここで私たちはどんな教育がしたいのかという前提がなければならない。

何をいまさらとおっしゃる向きもあるかと思うが、考えてみてほしい。日本という国家においても、3年後には大学入試制度が抜本的に変わるのである。それはなぜかと言えば、今の入試制度では現実社会に対応できないからではないか。今ある社会、さらに言えば未来の社会に対応できる教育を学校が担えるように、大学は本気になって教育内容を吟味し直しているのだ。それは、本校とて自前で議論し、答えを出さねばならない課題なのである。

お手本はすでに文科省が新しい学習指導要領で示している。「主体的・対話的な深い学び」というフレーズが今回のキイワードだが、問題はこのような学びに適した生徒をどう選抜するかということである。12歳の子どもたちのどこをどう試したらよいのか?

不易流行というが、私学にとっての不易は建学の精神や校訓などに示されている。だからたぶん不易について選抜という疑念は必要ない気がする。必要を感じるのは流行の部分だ。「主体的・対話的な深い学び」も国の教育の流行と言っていいだろう。ではわが校の流行は何か。国の方針も内包しつつ、国よりももっと先を見つめ、祈りを込めた教育の方針があり、その内容が考えられねばならない。

 

 

付中通信第4号 自覚的

2018.5.31  高水高等学校付属中学校長 宮本 剛

近い将来、つまり20年後くらいには、次の2つのことが世界中で起きているだろうと、今、しきりに叫ばれ続けています。                                                                                                                         1、グローバル化の中で多国籍企業が国境や人種・宗教を超えて経済合理性の元で世界中を移動し、拡大していき、共通語は「英語」になっている。                                                                                               2、工業・科学・医学、特にコンピュータサイエンスの爆発的な発達により、人工知能(AI)が人間の仕事 を奪い、今の仕事の約半分がコンピュータにとって代わる。                                                                                                  というようなことで、2030年頃までには今はまだ存在しない職業が数多く生まれ、今の子どもたちが大人になる頃にはその過半数が新たな職業に就くと言われています。                                                                               たった10年前にスマホをどれだけの人々が携帯していか。逆に今、スマホを持たない高校生の割合はどのくらいか。スマホの例ひとつとっても、近年のインターネットとコンピュータサイエンスの進化が爆発的だというのは、一目瞭然です。                                                                                                                    先がわからないというのは何とも心細いものですが、本日「たかちゅう」の生徒たちが決めた月間・週間目標を聞いて、わたしはちょっと明るい気分になりました。どうですか。敬語の使い方について、問題意識をもって、そのスキルアップを目指そうとする中学生たち。しかもそれを月間目標に掲げて、生徒全員で取り組もうと働きかける生徒会。                                 もうひとつ。                                              どうやら、道徳か何かの時間に、スマホについて話し合ったみたいで、班ごとに、その成果をまとめたものが廊下の掲示板に貼り付けてありました。                                       そこで私は思わず、「自覚的」という言葉が頭に浮かんできました。自分と仲間とその現状を認識し、今後どうあるべきかを考え、実行に移すこと。これこそ、協働的なプロセスであり、主体的な取り組みですね。私はそれを未来に対する自覚的な行為と考えています。心細さが飛んで行ったのです。

付中通信第3号 鄭さん

2018.5.15  高水高等学校付属中学校長 宮本 剛

5月9日から1泊2日で韓国の鄭さんに会ってきました。鄭さんは鄭忠錫と言って、昭和19年の旧制高水中学校時代の卒業生です。ということは、校長にとっても「たかちゅう」の皆さんにとっても大先輩というわけですね。                                            明治31年に設立された高水村塾は、2ないし3年制で大正9年まで続き、その後明治の学制改革の下で5年制の中学になります。その機に校舎を建て替えて、今あの楽学の碑の残る旧高水村の亀山の高台に移りました。そして大正14年に初めて本格的な旧制中学校の卒業生31名を送り出します。それから昭和26年まで、戦後の学制改革が施行されるまで、本校の旧制中学校は続きました。                                                                                                     韓国の鄭さんたちは、その旧制中学校時代に韓国から留学してきた生徒でした。戦前の昭和4年ごろから終戦を迎える20年まで、およそ16年間にわたって総勢375名の留学生が高水中学校で学んでいます。当時韓国は日本に併合され、日本語教育が進められていましたが、いわゆる尋常小学校6年間の義務教育の後の進学先はほとんどなかったのです。それで、李氏朝鮮時代の両班(ヤンバン)つまり士大夫階級の知識人の子弟たちで、比較的裕福かつ成績優秀な生徒たちが、進学先として日本に、そして高水に入学してきたわけです。当時、旧制中学校は山口県内に公立7校、私立2校の合せても9校しかありませんでした。

戦後71年経って、鄭さんもすでに93歳と高齢です。当時の高水の姿を語れる人は、韓国の鄭さんを含めて、もうほんのわずかな人たちです。私は今回鄭さんから多くのお話をうかがうことができました。「たかちゅう」とはどんな学校であったのか。鄭さんは教えてくれました。

「朝鮮戦争のあと、私たち卒業生の三分の一は教育界に身を捧げました。なぜだか分かりますか? 高水に入れば、そこは日本人もない韓国人もない、みんな平等に差別なく勉強させてもらえたからです。そんな教育が忘れられなかった。だから理事長さんを始め、私たちを育ててくれた先生方への感謝の気持ちを忘れたことは一度もありません。」

付中通信第2号 たかちゅう

2018.4.28  高水高等学校付属中学校長 宮本 剛

4月19日に新入生とスプリングセミナーに行ってきました。今年から田植えや稲刈りなど、米作りの恒例行事ができなくなり、高水訪問をこのセミナーと一緒に行うことになりました。旧高水村時代の同窓生の先輩方に指導を仰ぎながら続けてきた米作りは、まさに伝統行事でしたが、残念ながら昨年で終了となりました。

 

そして、亀山の旧校舎跡地で楽学碑を前に、旧制高水中学校時代の思い出を語ってくださっていた坂田先輩(92才)も足を運んでいただくことが難しくなりました。そこで、校長の私が、坂田先輩の言葉を思い出し、記憶があいまいなところは少し勉強して、新入生にかつての学校のことや生徒の様子などお話ししました。                                              話しながら私は、2つのことに特に念を入れました。
まず、亀山の地で高水は5年制の旧制中学校として山口県下にその名を轟かせ、自由闊達、生徒に公正公平な教師によって温かく育てられていたこと、そしてその伝統が戦後の6年制教育に引き継がれたこと。2つ目は、かつて高水中学校は「たかちゅう」と呼びならわされ、地域の人たちに愛されていたこと。
こんなことがあって私は、「たかちゅう」をリバイバルしたいという思いが強くなってきたのです。付属中はあっちこっちにあるけれど、「たかちゅう」は世界にひとつだから。